今年、自分の中で起きた大きな変化をひとつ挙げるとしたら、昆虫を好きになったことだと思う。
不思議な話だけれど、ほんの数か月前までの私は、虫を見かけただけで逃げ出してしまうような人だった。
それが今では、カブトムシと暮らしながら、毎日飽きることなくその様子を眺めている。
ずっと、自分はとても虫が苦手な人間なのだと思っていた。
けれど最近、昆虫館や標本を展示する施設に何度か足を運ぶうちに、意外なことに気がついた。
動物園よりも、むしろこちらのほうが夢中になっている自分がいたのだ。
もしかして私は、本当は昆虫が好きなのかもしれない。
そんなことを初めて思った。
それから少しずつ、昆虫に触れてみたり、じっくり姿を観察してみたり、家に迷い込んできた小さな虫を殺すのではなく、外へ逃がしてみたりするようになった。
そうして気づいたのは、彼らは思っていたほど怖い存在ではなかったということだった。
それどころか、こんなにも美しく、精巧で、不思議な姿をした昆虫がたくさんいることを、私は初めて知った。
やがて、少しずつ思うようになった。
もしかすると昔の私は、単純に「昆虫が嫌い」だったわけではなく、ただ怖かったから、きちんと近づいて見ようとしたことがなかっただけなのかもしれない。
そしていつの間にか、「私は虫が苦手な人」という言葉が、自分にとって当たり前のラベルになっていた。
あまりにも当たり前すぎて、自分自身でさえ、それを疑ったことがなかった。
でも人生は、ときどきこんなふうに不思議だ。
私たちは自分のことをよく知っているつもりでいるけれど、本当は、いつから受け入れたのかも分からないたくさんのラベルを、自分の上に貼ったまま生きているのかもしれない。
「私はこれが好きじゃない」
「これは苦手」
「こんなことをするのは、自分らしくない」
そんなふうに。
けれどある日、偶然のきっかけでほんの少しだけ前へ進んでみると、突然気づくことがある。
そのラベルの下には、まだ自分自身さえ出会ったことのない自分が隠れていたのだと。
だから最近は、「自分はこうあるべき」という気持ちを少し減らして、「自分は本当は何が好きなんだろう」という気持ちを、もっと大切にしたいと思うようになった。
見てみたいものがあれば、もう少し近づいてみる。
気になることがあれば、聞いてみる。
好きなものは、好きだと素直に認める。
そんな小さな心の動きをひとつひとつ辿っていけば、いろいろな声や定義の下に長い間埋もれていた、本当の自分を少しずつ掘り出していけるのかもしれない。
これからも、こんなふうに世界のことを知っていきたい。
そして同じように、自分自身のことも知っていきたいと思う。
私の作品もきっと、その過程とともに少しずつ変わっていくのだろう。
「こう描くべきだ」とか、「人に好かれるだろうか」といった外側の殻を少しずつ脱いで、
もっと正直に。
もっと自由に。
そして少しずつ、自分の魂に近いものになっていけたらいいと思う。